名古屋高等裁判所金沢支部 昭和32年(う)141号 判決
弁護人の控訴趣意は昭和三十二年八月九日付控訴趣意書記載の通りであるから、此処にこれを引用する。
原判決に事実の誤認ありとする論旨について、
原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判示の事実すなわち「被告人は原判示踏切に警手として勤務中原判示日時国鉄下り貨物列車及び京福線下り一〇三電車が同踏切を通過した直後、引続き上り六〇二電車が同踏切に接近して来つつあつたにも拘らず、貨物列車及び下り電車の通過に気を緩め、上り電車の接近に対して何等の注意を払わず、危険がないものと軽信し、遮断機を捲上げて踏切を開放した過失に因り、同所を通行しようとして、該踏切内に進入した小棹義一をして、右六〇二電車に接触即死するに至らしめたものである。」ことを肯認するに十分である。弁護人は「被告人の行為と小棹義一の死亡との間に、原因、結果の関係が存在しない。」旨主張するけれども、被告人が遮断機を捲上げなければ、小棹義一は踏切内に進入しなかつたであろうし、踏切内に進入しなければ、致死の結果は発生しなかつたであろうことを、容易に看取し得る本件に於ては、被告人の過失と小棹義一の死亡との間に、原因、結果の関係の存在することが、極めて明白である。弁護人は「被害者は遮断ワイヤが十分上昇しないうち、その下を掻い潜つて踏切内に進入したものである。」旨主張し、また、司法警察員伊藤稔作成昭和三十一年九月二十八日付実況見分調書の記載、原審第二回公判調書中証人伊藤稔の供述記載、証人伊藤稔、同野路利行、同山崎英志に対する原審各証人尋問調書中の供述記載、山崎英志に対する司法警察員作成の供述調書の記載を綜合すれば、被害者は遮断ワイヤが、被害者の佇立して居た位置で、約一米五七糎の高さ(ほぼ被害者の頭部の高さ)迄捲上げられた際、頭をやや下げるような姿勢で、自転車を運転しながら踏切内に進入したものであつたことを認め得ない訳でないけれども、しかしながら、閉鎖されていた踏切りがまさに開放されようとする場合、踏切りの開放を待つ通行人は、遮断機が所定の位置迄完全に引上げられるのを待つことなく、一応人の通行し得る程度迄引上げられさえすれば、直ちに前進をはじめるのが一般の実情であることは、吾人の日常見聞するところであり、本件の場合、被告人の手に依つて、遮断ワイヤが前記のような高さ迄引上げられたことを認め得る以上、たとえ遮断ワイヤが所定の位置迄完全に引上げられるに先んじ、左右の安全を確認せず、逸早くスタートを切つた被害者の軽率さを看取し得るにもせよ、それだからと言つて被告人の行為は、小棹義一の死亡に対し、その原因を与えたものでないと言うを得ない。なお弁護人は「被害者が踏切内に進入した際の遮断ワイヤの高さは、被害者の佇立していた位置に於ては、一米三三糎に過ぎなかつた。」旨主張するけれども、前示各関係人の供述に照せば、前掲実況見分調書の記載(殊に図面に表示された遮断ワイヤの高さに関する記載部分参照)の趣旨は、論旨に副うものでなく、所論は、結局、証拠に基いた主張でないから、これを採用するを得ない。そうして見れば原判決は事実を誤認したものでないから、この点に関する論旨は、すべてその理由がない。
(裁判長裁判官 山田義盛 裁判官 沢田哲夫 裁判官 至勢忠一)